こんにちは。札幌市北区にある『カウンセリングルームこころの羽』のスタッフ小田です。
前回までのエピソードはコチラ↓
うつ病体験記1
うつ病体験記2
うつ病体験記3
うつ病体験記4
うつ病体験記5
うつ病体験記6
うつ病体験記7
うつ病体験記8
うつ病体験記9
うつ病体験記10
うつ病体験記11
休職初日、自宅にいる時の私の気持ちは、「居ても立っても居られない」というものでした。
例えるなら、自らも打席に立つキャプテンだった自分が、死球を受けてケガをしたわけでもないのに急に選手交代を告げられ、ベンチに下がるどころか、球場から退場して試合状況を見聞きすることも許されなくなった気分でした。
死球を受けてケガをしたなら、病院に運ばれてあきらめも付きますが、目に見える病気もケガもなく、歩けるのです。
「歩けるし、食べれるし…。」
「何したらいいんだろう。この時間に何かできることがあるはず…。」
うろうろと部屋の中を歩き回っていると、壁掛け時計の秒針の音が妙に大きく響くことに気が付き、電池を外さないと耐えられないと感じるほどでした。
おそるおそるテレビを付けてみると、以前は23くらいの音量で見ていたのに、8くらいの音量でないと、頭の中に音が響くのです。それもほんの少しの時間しか付けていられませんでした。
食器を重ねる音、新聞をめくる音、隣家の生活音など今まで何も感じていなかった音の数々が襲ってきます。
新たに予約したクリニックの診察が一週間後に迫っていたので、事前に問診票を取りに行って、自宅でゆっくり記載することにした私は、出かけることにしました。
歩道を歩いている時に聞こえてくる街頭放送も大きく響き、電車内での女子高生の話し声も頭にキンキンと響きます。冷や汗をかきながら、なんとか電車を降りました。
電車の中で急に怒り出す人や、叫び声をあげる人を見ることがありますが、何らかの病気によって、音に過敏になっている人にとって、外の世界の音量は耐えられないほど頭に響いていたのかもしれないなと思いました。自宅よりも、外の世界の方がずっとずっと音が溢れる世界でした。
休職初期は、自宅の中でテレビを付けず音楽も聞かずに、ひたすら静かな世界で過ごしました。
その後、歌詞のないヒーリング音楽を小さな音量で流すようになりました。
この「過敏聴覚」の症状が少しずつ良くなって、テレビを付けっ放しにした状態で以前のように笑えるようになったなと感じたのは、休職後半年を経過した頃でした。
(次回へ続く…)
◆岡本から、ひと言コメント
うつ状態になった時に「休職」することは有効な手段ですが、それと同時に“それまでの日常生活”からは大きな変化になります。
大きな変化=ストレスですので、休職スタート初期は、無理をしないことが非常に大切です。
普段は気づかないことですが、音を聞くことも「変化の一種」です。
つまりは「ストレスの一種」なのです。
これは、音を聞くことで無意識でも「頭(脳)が動いている」ということになります。
これがストレスの限界を超えている状態=うつ状態では、耐えることが辛い症状になって現れる場合があるのです。
一時的には、「異常」と感じる状況でも、時間経過によって溜まっているストレスが減少してくると、それまでの日常に戻っていくものですので、焦らずにゆっくり過ごすことが大切と言えるかもしれませんね(^^)
『カウンセリングルームこころの羽』岡本教兵