どん底で掴んだものは… ~うつ病体験記・岡本の場合③~ | 札幌のカウンセリング こころの羽

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どん底で掴んだものは… ~うつ病体験記・岡本の場合③~

こんにちは。札幌市にある『カウンセリングルームこころの羽』の岡本です。

前回は、うつ状態になった時点のことを書かせていただきました。

前回までのエピソードはこちら↓

うつ病体験記〜岡本の場合①〜
うつ病体験記〜岡本の場合②〜

今回は、そこから少しずつ変化していった時期のことを思い出しながら書いてみます。

螺旋階段

◆何もできない自分のスパイラル

前回書かせていただいた通り、うつ状態になってからの私は、外出をすることもできず、唯一の接点だった母との会話もほとんど出来ない状態になっていました。

今、改めて振り返ってみても正直なところ「記憶」がほとんどないんです…(汗)

辛かったから「忘れよう」としている部分もあると思いますし、実際に何もしていなかったのだから記憶するような体験も「何もしていなかった」ようにも思えます。

それでも覚えていることは、ずっと自分を責めて、後悔し続けていたのだということ。

「なんでこうなったんだ?」

「もっとちゃんと動いていれば…」

「あの時、別の選択をしていれば…」

などと、次から次へと後悔の気持ちと責任逃れの言葉が頭の中を駆け巡ります。

そんなふうに一日を過ごすと、夕方には、そんな自分に対しての「後悔」が始まる…。

その繰り返しの日々が数日間は続きました。

◆どん底まで落ちると…

他の方から見れば、当時の私が体験したことは「些細な挫折」かもしれません。

でも、当時の自分自身にとっては、「どん底」まで落ちたと本気で思っていました。

「人生には生きる希望も明るい未来もない。」

「そこにあるのは、失敗した自分の人生だけだ」

と本気で考えていたのです。

そんなことを考えながらも日々が過ぎ去っていったある日、ふと家から出て歩いてみることにしたのでした。

恐らく、気持ちの面で落ちるところまで落ちて、これ以上落ちることもできない状態になっただけだったのかもしれません。

それでも、泣いて泣いて泣き疲れて、その後に現れたのが「家から出てみよう」という気持ちでした。

エンジニアブーツ

◆それは何を求めていたのか…

家から出た理由は、「死に場所」を探しに行ったのだと思います。

当時は、それほどインターネットも普及していなかったので、情報収集もテレビや新聞、ラジオくらいで「自殺方法」を調べる手段など当時の自分には多くはなかったのです。

だからこそ、とりあえず外に行ってみて、「良い方法が見つかったら考えてみよう」くらいの気持ちだったと思います。

家を午前中に出て、ずっと歩いていました。

なんのプライドだったのか、LIVE出演のときのために買った「エンジニアブーツ」を履いていました。

そのことからも「歩くこと」が目的ではなく、「死ぬこと」が目的だったのだと感じます。

実際には、死に場所が見つからなかったからこそ、今の私がいるのですが、どん底から少し回復したあのタイミングが一番「危なかった」と感じます。

バスの車内

◆死に場所の代わりに見つけたもの…

少なくとも4~5時間は歩いたでしょうか。

意識がハッキリしていないので、定かではありませんが、札幌市白石区にある実家から札幌市西区の「宮の沢」あたりまで歩いたと思います。

Googleマップで調べてみると3時間ちょっとの距離です(笑)

そこまでエンジニアブーツで歩けば、当然、足は靴ずれが酷く、足の裏から血が出る状態になっていました。

自宅に折り返した途中で「もう歩けない…」と限界を感じたのです。

恐らく、自宅まで歩けばあと「1時間」ほどの位置で自分の足の限界を実感。

その結果、私がとった選択は、「バスに乗る」でした(笑)

身分は学生なので、多少のバイト代は貯めてありましたが、「タクシー」を使うほどの余裕はありませんでした。

それは、学校への通学で使用している「いつものバス」でした。

家を出てから歩いていた時には、ものすごく長い距離だった道が、バスに乗るとあっという間に進んでいきます。

その時、気付いたのです。

「あ、自分は一人で生きてきたわけじゃなかったんだ。これまで、色んな人に助けられて生きていたのか…」と。

(次回へ続く…)

◆“今の岡本”が振り返ると…

我ながら、「何やってたんだ(汗)」と思える体験です(^^;

普通、重たいブーツ履いて4~5時間とか歩かないですよね?(苦笑)

でも、その時の私にとっては、残されたほんの少しのプライドが「エンジニアブーツ」だったんです。

そんな見栄っ張りで強情な性格だった当時の私は、足の限界で「バス」を使ったことで、変化し始めることになります。

その時に乗ったバスを降りるときに、泣きながら「ありがとうございました」と運転手さんにお礼を言ったことは今でもハッキリ覚えています。

私の中でどこか「雲」が晴れた瞬間の出来事でした。

『カウンセリングルームこころの羽』岡本教兵

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